「ふ〜ん。結構順調に愛を育んでるんだね」 注文品が上がるまでの時間、俺と話をしていた朝彦さんがシミジミと呟く。 夏休みに突入し実験とバイトに明け暮れる日々を送っている。ルカとのメール交換は順調だけど、ユウキに会えないのが辛いといえば辛い。まあ、十ヶ月近く片思いを続けている訳だから少しぐらいなら我慢もできる。が、朝彦さんをはじめとする皆がことあるごとにルカの話を持ち出すので困りものだ。真面目に返すと茶化されるし、適当にごまかそうとしても「ごまかすところが余計に怪しい」なんて言われる。どう答えりゃ満足するんだ? 「愛なんて育んでませんよ。彼女と育ててるのは友情です。俺が愛を育みたいのはユウキだけですから、そこんとこ誤解のないようにお願いしますよ朝美さん」 「孝一で遊ぶな朝美、ホラ! 本日のオススメできたぞ」 「サンキュ。でも別に遊んでるわけじゃないわよ〜。ただの退屈しのぎ」 憎らしい捨て台詞を残し朝彦さんがボックスへと去っていく。 なんだかなぁ…と、ホッとする暇なく「邪魔だよ孝一!」と達哉さんが料理の皿で俺を押し退ける。 「お待たせ一志。“ほろ酔いセット”で〜す」 「はいサンキュ。続いて“シュリンプカクテルのアボカドディップ”追加でヨロシク!」 「了解!」 オーダー用紙を受け取った達哉さんがハートをまき散らしながら奥へと消えていく。 一緒に飲んだ次の週、一志さんは『ル・グラン』のホストに納まっていた。ほろ酔い気分の俺を無視して話が進行したらしいのだが、俺がフロアに出ることが無くなったのでいいとしよう。でも二組のカップルの間に挟まれた俺の立場ってどうなのよ? 鹿島さんと朝彦さんは大人だから人前でいちゃつくことはしない。意味深な視線を交わしあっていることはあるけれど、それは入店した時からなので慣れてしまった。それに引き換え達哉さんときたら。一志さんがこの店で働くようになってからというもの笑顔がたえることがない。常に恋人と一緒にいられて嬉しいのは解るけど、悲しき片思いをしている俺の身にもなってくれよ。 (TPOをわきまえろ。公私混同はするな) ちょっとした不満は胸の中で呟いておくことにする。一度、面と向って言ったら「さっさと告白しない方が悪い! マジで宗旨替えしたら?」なんて言われたもんな。それに達哉さんを虐めると一志さんの報復が恐いから。女性客にもソツなく対応してるけど、独占欲はかなりのもんだ。 「…で? 本当のところはどうなんだ?」 ドリンクの注文が途切れたところで、鹿島さんに声をかけられた。 「んー、これといった進展はナシですね。彼女ともメールするだけで、あれ以来、会ってないし、ユウキとは夏休みに入ったんでゼンゼンですよ」 グラスを拭きつつため息をつく。ピカピカに磨かれたグラスと違って俺の心はどんよりと曇っている。 「そうか…なら相当、溜まってンだろ?」 耳もとで囁かれた台詞にギョッとして辺りを見回す。 「かっ…鹿島さん?!」 「慌てるな誰も聞いちゃいないって。それくらいの気配りはしてる。で、正直なとこ白状してみろよ」 真面目な顔してなんてこと言うんだろ、この人は。なんか朝彦さんのパートナーだって改めて納得した。 「じゃあ正直にいいますよ。泊まり込みの実験かじゃなきゃバイトだから家に帰ったらバタンキューです。溜まりはしてるんでしょうけどヌク暇なくて自然解消って感じかな?」 「聞いてて寂しいな…」 「言ってる方はもっと寂しいです。でもこればっかりはどうしようもないですからね…」 「適当に遊ぼうとは思わないのか?」 う〜ん。と俺は考え込んでキッパリと宣言する。 「今は思わないですね。そっちの相手にも最近お誘いないって言われたけど。ユウキじゃないとね…」 「なるほど一途だな。でも適当に遊ばないと煮詰まってもなぁ…」 鹿島さんの台詞に俺は曖昧に笑う。まだ煮詰まるところまではいっていない。それは偏にルカの存在が大きい。ユウキに会えない辛さを彼女にメールを送ることで紛らわしている状態だ。彼女がキチンと返事を返してくれるから、それに甘えてしまっている。片思いにしても彼女は『いっそ告白してみたら。それほど、悲観する状態じゃないかもよ。顔が似てるんなら考え方も似てるかもしれないし。私は孝一君好きだし』なんて返しくる。勿論、彼女は俺がゲイなんて知らない訳だから、そんな風に書けるのだろう。 鹿島さんの「適当に遊ぶ」で思い出した。グラスを拭いた布巾をシンクに放り込みオレは鹿島さんに向き直った。 「鹿島さん。明日って忙しいですかね?」 「どうだろうな。でも週中だし、これまでの経験からいくとそれほどでもないんじゃないか。何か急用?」 「ええ。一山越えたんで打ち上げしようって決まったみたいなんですよ。それが明日だって今日突然言われたんでどうしようかと…」 「「行ってくればいいんじゃない?」」 綺麗にハモった声に振り向けば、“シュリンプカクテルのアボカドディップ”の乗ったプレートを手にした達哉さんと受け取りにきた一志さんだった。 「ハイ、お待ちどうさま〜」にこやかにプレート差出しながら達哉さんが言う。 「行って来いよ。遠慮するなんてらしくないジャン」 「そうそう達哉の言う通り。俺も朝美さんもいるんだし。店は大丈夫だろ?」 受け取ったプレートを見栄えのいいように整えながら一志さんも口を開く。 「ママには俺から話といてやるから」 俺の思いを正確に読んだ鹿島さんが肩を叩いた。 「遠慮しないで参加してくれば? お仲間とのおつき合いも大事にしとかないとね」 ふいに割り込んできたのは朝彦さんだった。お客を一組送りだしてきたようだ。ママが俺が壊したコレクションの買い足しにイギリスに出向いているので、彼女が不在の間は鹿島さんと朝彦さんが店を任されている。 「一志君、お客さまがお待ちかねよ」 軽く背中を叩いて促しカウンターに腰を下ろす。すかさずお冷やのグラスを差し出すと「良いタイミング!」と魅力的なウインクをくれて一息に飲み干した。 「男らしい…」ポロリとこぼした俺にひと睨みくれて音も立てずに立ち上がる。 「いらっしゃいませ」 明るい声と同時にドアが開き常連さんが入って来るのが見えた。ドアに取り付けたカウベルの微かな音も朝彦さんは聞き逃さない。常に最高の笑顔でお客を迎えられるよう朝彦さんの神経は研ぎすまされている。俺も朝彦さんに負けてはいられない。大急ぎで水とおしぼりを整えて朝彦さんに手渡すついでに「じゃ皆の好意に甘えて明日はお休みを頂きます」と囁いた。朝彦さんは軽くうなずき「今晩は明日の分までヨロシクね」とばかりに、去りぎわ俺の尻をひと撫でしていった。 これってセクハラ? 伺うように見た鹿島さんは軽く肩を竦めただけだった。 引き戸を開けた途端、店内の喧噪が襲い掛かってくるような錯覚にとらわれる。 今回、当番幹事が会場に選んだのは『酔っぱらったトラ』が目印の全国チェーンの居酒屋だった。リーズナブルな値段で楽しめる居酒屋は週のまん中であるにも関わらず学生とサラリーマンでごった返していた。開店一周年記念セール中ということで飲み放題付きのコースがかなり安かったようでここになったらしい。目新しいメニューはなくても安く飲めて食えるのなら場所なんて何処でもいいのだ。ようは飲んで騒ぎたいだけなのだから。 「いらっしゃいませ〜」 「予約してた遺伝子研究室だけど…」 「ハイ。十三人様ですね。どうぞこちらです」 テーブル席を抜けて奥の座敷きへと案内される。幹事の後ろに女子が続き俺と大塚は一番後ろから付いていく。打ち上げと銘打っているが実は体のいい合コンだ。故に女に興味のない俺達は入り口近くの席でいい。そして俺の隣に座ってくれるのは名目上の恋人である美女二人。本当なら彼女達もいらないのだが、そうなるとターゲットにされるので、デートだというのを頼み込んで参加してもらった。勿論、費用はこっち持ち。思わぬところで借金を抱えてしまった俺としては手痛い出費なのだが背に腹は代えられない。 皆がテーブルに付いたころ合いを見計らって襖が開き、付きだしが運ばれてくる。 「いらっしゃいませ。どうぞ」 目の前に差し出されたおしぼりを受け取りながら何の気無しに顔を上げて俺は固まった。 (ユウキ…!) なんと俺に向っておしぼりを差し出しているのは、夢にまで見た“ユウキ”だった。夢を見ているのかと思ったが幹事のやつが「ユウキお得情報サンキューな」なんて声をかけているから間違いなく本物だ。ユニフォームの安っぽいペラペラの真っ赤なハッピも彼が着るとブランド物のように見えるから不思議だ。 ユウキが俺に向ってニコリと微笑んでくれている。隣の美女が急に色褪せて見えた。 (ああ…参加して良かった) 「でね手渡しですよ手渡し! 自らおしぼりをですねぇって聞いてます? 朝美さん!」 久しぶりに見たユウキの姿に興奮した俺は二次会を断って、一人『ル・グラン』へ来ていた。それほど遅い時間でもなかったが、やはり週中だからかボックス席が一つ埋まっているだけだった。珍しくカウンターにも客はなく店全体にのんびりムードが漂っている。ボックスは女性ばかりのグループらしく一志さんとなぜだか達哉さんが相手をしていた。イケメン二人にかなりの盛り上がりをみせるボックス席をよそに、俺は誰もいないカウンターに陣取り、店の看板ホステス朝美さんを一人占めにしてユウキについて語っていた。 「はいはい聞いてるよ! でもなそんなことは俺だってやるよ。客にはさ。特別な感情なくてもな! お客さま、お顔でも拭いて差し上げましょうか?」 ユウキに会えた嬉しさに緩みまくった顔の前でホカホカと湯気のたつお絞りをぶら下げて朝彦さんはニヤリと笑った。でも笑っているのは口元だけで目は鋭く光っている。綺麗だけれどちょっとコワイ…。 「やっ、ヤケドするから遠慮します」と丁寧に腕を握って下ろさせ、おしぼりを奪い「でね…」と俺は言葉をつなぐ。 「『この前はありがとうございました』って言ったんですよ、俺だけに聞こえる声で。サッカーボール蹴り返したの覚えてくれてたんですよ〜。見えてないと思ってたのになぁ…意外と目がいいんだなぁ〜」 「はいよジャックダニエルのロック。孝一…お前キャラ変わってるぞ」 ロックグラスを滑らせながら鹿島さんがボソリと呟く。 「ユウキに会ったんですよ。しかも至近距離で顔見ちゃったんですからキャラも変わりますって! やっぱ可愛かったぁ〜。俺のユウキにカンパーイ!!」 ロックグラスを振り上げて一人盛り上がりまくる俺を大人しくさせるすべを持っているのは、やはりこの人しかいなかったみたいだ。 朝彦さんが綺麗に手入れされた手を組んで、その上に顎をのせ、彼曰く『一番魅力的な顔』で上目遣いに俺を見て猫なで声で呟いた。 「で? 告白は? モノにはできたのか?」 「……」 一瞬にして舞い上がった気持ちが萎んで俺はガックリ項垂れる。振り上げたロックグラス持った手が力なくカウンターに落ちた。 「それがですねぇ…」 「どうした?」 「おしぼりを配り終わって引っ込んでから、一度も顔を見せてくれなかったんですよ…」 一瞬の空白の後、鹿島さんと朝彦さんは揃って小さく吹き出した。本当なら爆笑もんなんだろうけど、ボックス席にお客を気づかって彼等は控えめに肩を震わせる。 「おっ、お前…そのおしぼりの一瞬だけであれだけ盛り上がってたのか?」 「なんてお手軽なヤツなんだよ〜。なんか哀れを誘うぞ〜」 苦笑を堪える鹿島さんと目尻にたまった涙を拭きながらコメントをくれる朝彦さんを恨めし気に俺は睨む。 「そこまで笑わなくてもいいでしょう。だって事実ですもん。会計の時もさり気なく店内を見ましたけど影も形もありませんでしたよ。マジ夢だったのかと思うくらい。俺の態度に何かを感じて逃げたのかも…だから告白はおろかモノにするなんて夢のまた夢です」 ポンポンと慰めるように朝彦さんが肩を叩く。 「まあ、そう悲観するなよ。単に上がりの時間だったのかもしれないし。でもバイト先が判って一歩前進したよな」 「そうか、そうですよね。前進ですよね?」 落ち込ませるのも朝彦さんなら浮上させてくれるのも朝彦さんだった。 「今度、一緒に行ってやるから。ほら、グラス握りしめてないでグーッとあけろ。どうせお前のことだ、ユウキが気になってそんなに飲んでないんだろ?」 俺は素直にうなずいた。朝彦さんの言う通り彼のことが気になって普段の半分も飲めなかった。酔っぱらった姿なんて見せたくなかったし、また来てくれるかもなんて期待が大き過ぎて料理にもほとんど手が付けられなかった状態なのだ。一息でグラスを空けた俺に「裕二、好きなだけ飲ませてやれよ。今日は俺が持つからさ」と気づかう朝彦さんの声が聞こえた。 『…てな訳で、間抜けな結果に終わってしまった。チョー情けない俺。ルカちゃんも呆れるよな?』 あの後、一志さんと達哉さんも加わって、打ち上げのことを多少の脚色を加えつつ朝彦さんが説明してくれたお陰で、二人にも大爆笑された。四人は俺を肴にしつつも助言なんかもくれたので楽しい飲み会ではあったのだ。 その代償が久しぶりの二日酔い。研究室が休みなのをいいことに昼近くまで惰眠を貪り、重い身体を引きずってシャワーを浴び、冷たい水を二リットルほど身体に与えて、ようやく復帰。で、早速ルカに昨夜の一部始終報告メールを送ったのだ。 返事はいつものように早い。間を置かずにポンポンと返ってくる。 『別に呆れはしないよ。なんか孝一君らしくていいじゃない? でも、そこまで思ってもらえて相手の人も幸せだよね。ホント、マジで告ってみなよ! それ後、姿を見せなかったのだって恥ずかしかったからかもしれないし』 『そうは言うけどね…玉砕したら俺、立ち直れない』 『しっかりしろ男だろ! 度胸決めて潔く。案ずるより産むが易しっていうじゃない』 『人ごとだと思ってるだろ…君が俺の立場だったらどうする? 告白する?』 『うん。当たって砕けちゃうね。だってさ
“偶然”が二度重なったら“必然”っていうし。三度重なったんだからこれはもう“運命”ってことじゃん。そしたら告白するっきゃないと思う。玉砕しないって信じてさ。それに孝一君、もっと自分に自信持ってイイと思うよ…ってメールじゃまだるっこしいね。言いたいことの半分も伝わらない気がする、そうだ今晩、時間ある? 久々に助っ人に入るんだ。店でじっくり話そうよ』 『バイト終わってからでいいなら…』 『うん。じゃ待ってるね。ちゃんと指名するんだぞ』 「いらっしゃ〜い。久しぶりだね」 メールで知らせていたからかドアを開けた途端、全開の笑顔でルカは迎えてくれた。今日の彼女の出で立ちはハイネックの半袖のニットにスリムパンツで色はどっちも黒。他の娘たちと衣装が違うのはレギュラーじゃないからか。ルカは俺の腕に腕を絡ませ店の奥へと連れていく。これほど女の子がいる店にいくこと自体はじめてだから異次元空間へ迷い込んだみたいでちょっと不思議な感じがした。奥へ行くほど照明が暗くなって秘密クラブめいてくる。奥の一つ手前のボックスに俺は通された。 「こんな店来るの初めてって顔してる」 フフフと笑いながらおしぼりを差し出してくれるのが、昨日のユウキと重なった。 改めて見ても、やっぱり似ている。 「ああ…」と曖昧にうなずきおしぼりを受け取る。 「だよね。孝一君って真面目そうだもん」 真面目も何も俺はゲイだから女の子を目的とした店に興味がないだけだ。 ルカはストレートヘアを耳にかけ慣れた手付きで水割りをつくると俺に渡し、自分はウーロン茶のグラスを手に取り目の高さにかかげた。 「久しぶりの再会にカンパ〜イ!」 「カンパイ!」 ぶつけられたグラスが軽やかな音をたてる。俺は一気にグラスを空けた。極々薄く作られた水割りはバイトで疲れた身体の隅々に染み渡っていく。 「おおッ! いい飲みっぷり、もしかしてかなりイケる口?」 空いたグラスを奪い取って氷を放り込みながらからかうように上目遣いで見上げてくる。髪の毛が落ちないように少し右に顔を傾ける仕草が妙に可愛くて、ちょっと押し倒したくなって焦った。 (待て! 似てるけどユウキじゃない!) 再確認しなきゃいけない程の衝動だった。 鹿島さんの言葉じゃないけど、自分で気付かない内に溜まってたのか? だったら油断できない。彼女に押し倒したりなんかしたらシャレにならない。マジで宗旨替えする気なんてないんだから。 「ハイ、ちょっと濃くしたから、今度はゆっくりね」 言われた通り嘗めるように水割りを口にする俺をルカは微笑みながら見つめている。 薄いと言えどもやっぱり酒だ。連日の実験とバイトで疲れた身体に素早く浸透していく。 フワフワとイイ気分…。 「ねえ孝一君。さっさと告白しなよ。僕も孝一君のことが好きだから。告白してくれるの待ってるんだから…」 耳もとにハスキーヴォイスが囁く。 (僕って…ユウキ?) 気が付けば向いにいたはずのルカが隣に居て、俺の肩に頭をもたせかけていた。 「好き? 待ってる? ホントに?」 顔を覗き込んで確かめると「うん」と微かに頭が上下した。そして意味ありげに閉じられる瞳と誘うように少し開いた唇。 磁石のN極とS極が引き合うように俺の身体も引き寄せられていく。 あと少しで目的達成…と思った時。 「…?!」 ユウキにはないはずのものが腕に触れて一気に現実が戻ってきた。 柔らかくフワフワとした———胸だ。 「…ゴメン」 突然、身体を遠ざけ頭を下げた俺を不安な瞳でルカが見ている。 「どうしたの? 僕のことキライ?」 ストレートに聞かれて俺は覚悟を決める。 俺の事を好きだといってくれる彼女をこれ以上、騙すことはできない。ユウキの代わりにはできない。唯一のメル友をなくすのは辛いけど、自分でまいた種だから始末は自分の手で付けないといけない。 「君のことは嫌いじゃないよ。でも…」 「でも?」 「…ゲイなんだ俺。今、片思いしてる君に似ている子も男。で、おそらくノーマル。だから簡単には告白できないんだ」 「やっぱり…」 俺の一世一代の告白をルカは「やっぱり」の一言で片付けた———。 ん? まてよ。やっぱりってどういうことだ? 彼女は俺の性癖に気付いてたのか? でも気付いてたんなら、それはいつから? それに今、何げに“僕”とか言ってなかったか? 彼女は一体何者だ? 頭の中は疑問符で一杯でルカが部屋を出ていったことにも気付かなかった。 「ホラ、立って! 行くよ!」 気がついた時にはルカに腕を取られて店の外へ連れだされていた。そこで放り出されるのかと思ったが、そんなことはなく彼女は俺の腕を掴んだまま表通りまで出でタクシーを拾った。掴まれた腕は華奢で振りほどこうと思えばできたのだろうけど、そういう気分にはなれなくて大人しくされるがままになっていた。盗み見たルカは決意を秘めた視線で真直ぐ前だけを見ていた。一言も口をきかない俺達にドライバーが不審そうな目を向けているのがルームミラーの中に映っていた。 タクシーは俺の部屋のあるマンションの前で止まった。 「ここって…」 俺の呟きにも答えず無言で支払をすませたルカは手を掴んだままエレベーターホールを通り過ぎ、その奥の階段を上り、『201』と書かれたドアを開けた。 「そこに座って!」 言うなりルカは俺をベッドに突き飛ばした。 ブルーのストライプのカバーのかかったベッドはスプリングが良くて座り心地はいいんだけど、落ち着かないのは睨まれているからなのか。 俺がゲイだって告白したことで彼女の機嫌を損ねたんだろうか? あり得ることだ。女子側から告白して、それを一番酷い形で断ったことになるんだから。 でも彼女の告白を断ったことと俺が今置かれている現実に何の関係があるんだろう? 聞きたくても聞けない雰囲気が部屋全体をおおっている。 ルカは無言で睨み付けたままで頭に手をやり髪の毛を引っ張った。ストレートヘアは鬘だったらしく下から現れたのは緩くウェーブのかかった茶色い髪だった。 これってユウキと同じだ。 続いて、黒ハイネックのセーターを首から抜き、同色のパンツも脱ぎ捨てる。 一体、何が起ろうとしてるんだ? 目の前には下着姿のルカがいる。 怒りの余り、実力行使にでたとか? もしかして俺、女子に襲われる? 「ちょっ…まっ…」 静止の言葉を無視して彼女は躊躇いなくブラジャーを外し、それを俺に投げ付けた。 「わわっ…えっ?」 受け止めたブラジャーが予想を裏切って重いのに思わずマジマジと見つめてしまう。素材は布はずなのに手の中にあるものはズッシリと重い。良く見るとバストを覆うカップの部分に何か入っている。 「ほんものソックリの手ごたえになるように、特殊な液体が入ってるんだって」 聞きもしないのにルカは淡々と告げる。 なるほど…と感心して、なにげに見上げたルカの胸は真ッ平で———。 「…ユウキ?」 俺の呟きにコクンとうなずき返してくる。 目の前にいるのは、間違いなくユウキだ。但し、腰から上限定で。小さなレースの下着に隠れた部分には馴染みの膨らみがない。男なら誰だって持っているダイレクトに興奮を伝えてくれる大切な部分が…。 俺の疑問を敏感に感じ取ったルカは、最後の下着も取り去った。 でもやっぱりそこには茂みがあるだけでツルンとしていた。 はっ! もしかしてルカはニューハーフ? 「今、なにか妙なこと考えただろ」 鋭く指摘したルカの頬は恥じらいのためか真っ赤だった。メールでの付き合いはあるとは言え、顔を合わせるのは今日で二回目だ。それで生まれたままの姿を晒すのは相当覚悟がいるだろう。俺も目のやり場に困る。なのに目の前の裸体から目が離せないのだ。 「いや、その…ついてないのかなぁって…」 俺も真っ赤になりながらモゴモゴと思ったことを口にしてしまっていた。 するとルカは「タネ明かし」と言いながら、おもむろに足を開くと股の間に手を突っ込み何かを引っぱりだすとパッと手を放した。降って湧いたように現れたのは、少し形の変わりかけた見覚えのあるものだった。 「パンツのラインを綺麗に見せるためにお尻に挟んでテープで止めるんだ。ニューハーフの友達に聞いたテクニック」 なるほど…でもニューハーフの友達? と、すると、やっぱりルカも? 「ここまでしてもまだ解らないのかよ!」 ルカは俺の膝に飛びついた。うつむく俺を見上げてくる小作りな顔は——。 「…もしかして君はユウキ?」 「やっと解った? 君が切ない片思いしてた相手は僕なんだよ」 自分を指さしキッパリ言い切ったルカ…もといユウキは晴れ晴れとした表情をしていた。 なんてことだ。俺は片思いの相手に辛い辛いと愚痴をこぼしていたって言うのか。 「いつ解った、俺が言ってるのが自分だって?」 「サッカーやってた時の最後のメール」 そう言えばあの時、ユウキは俺の座っていたベンチの方を見ていた。 「居酒屋でおしぼり出してから部屋に来なかったのは、どうして?」 「あれは。素の僕だったからただ単に恥ずかしかっただけ…」 女装の時は“ルカ”に成りきってるから平気なんだけど、とユウキは言った。 そうだったのか。一気に何もかもが解決していく。 「改めて自己紹介」 ユウキは裸のまま正座して言った。 「初めまして結城 悠(ゆうき はるか)です。初めましてっていうのもヘンだけど、この姿で向き合うのは初めてだから、いいよね。女みたいな名前だから友達には名字で呼んでもらってる。“ルカ”って言うのは店に出る時の源氏名ってやつで、本名そのまま使うのはイヤだから頭の字を除いて使ってたんだ」 だから“ユウキ”なのか。一から説明されると納得のいくことばかりだった。 「…名前のカラクリは解った。でも“悠”って呼ぶ方がいいんじゃないの? 雰囲気に合ってると思う」 「そういってもらえると嬉しいけど、でも皆に呼ばれるのはイヤかも。悠って呼んでいいのは孝一君だけってことにしようかな?」 「それって…」 「もう! 孝一君ニブすぎ! 今まで何聞いてたんだよ。僕の気持ちはメールにも書いたし口でも言ったよ。その返事は? ハッキリ言えよ!」 裸で凄まれても恐くない。それに俺が断るはずなんてない。ルカの姿で告白されて宗旨 替えしかけた俺だから。 ルカ=ユウキ(悠)ならば『ノープロブレム』なのだ。 「でも、ユウキ…悠の方こそ、俺に好かれて迷惑じゃない? 俺は宗旨替えしなくてもいいのか?」 メールで泣き言を散々書いた俺だ。にわかに自信が持てなくて伺うように聞いてみる。 「迷惑なわけないじゃん。身体、見たら解るだろ! 宗旨替えなんかしたら怒るよ!」 言葉と一緒に身体が飛び込んでくる。 いきなりのことで悠の身体ごとベッドに転がる。腹部に感じるのかしっかりと主張した悠自身。口で答えるより早く悠に答えたのは俺自身だった。俺の高ぶりを感じとった悠が驚いたように顔を上げる。余りにも正直すぎる反応に二人で苦笑した。 「ホント男って隠しごとができないようにできてるのな。俺が断る理由なんて最初っからないんだ。だってはじめて見た時から“運命の男性”だって決めてたんだから。ユウキに似てるってだけで“ルカ”によろめきかけたぐらいだから。好きだよ悠」 やっとのことで告白できた俺に、悠はかなり情熱的なキスで答えてくれたのだった。 「ふっ…」 息が止まるほどの長いキスに腕の中で悠が堪えきれずに小さく声を上げる。それでも離してやることなんてできない。小さく開いた唇の隙間から舌を差し込み、歯列をなぞり口腔内を思う存分味わい尽くす。喉の奥に隠れている舌を舌先でつついてみると、恐る恐るではあるけれど応えてくれた。 夢にまで見た身体を腕に抱ける幸せに、何度もその存在を確かめたくなる。髪の毛の柔らかさも肌のハリもツヤも胸の飾りも股間で小さく震えながら涙を零している悠自身も…何もかもが俺の好みにぴったりで、改めて
“運命の男性”を見つけたんだなぁって思う。 何度キスしても足りない。頭の先からつま先まで全身くまなくキスで埋め尽くしたい。 「…キレイだ」 「…えっ?」 「想像した以上に綺麗だ」 「想像したんだ?」 キスだけで上気した悠の頬が更に赤みを強くする。 ああ、想像したさ。学祭の日から今日まで。それはもう色々と。 「悠の身体を抱き締められる日がくるなんて信じられない…ウッ!」 額に貼付いた髪の毛をかき上げながらしみじみ呟くと、思いっきり欲望を掴まれて息がつまった。 「…なんてとこ掴むんだよ」 顔をしかめて文句を言うと、 「現実だって教えてあげただけだよ」 悠は唇を尖らせて潤んだ瞳で睨み付ける。 なんて乱暴な。でもしっかり現実だって解った。 お返しとばかりに俺も悠自身に手を伸ばして包み込み軽く上下させると、「…ひゅっ」と息をのみ腕の中の身体が小刻みに震え、張り詰めた悠のペニスからこぼれる雫が俺の手を濡らした。 「もう、こんなだ」 「…イジワルだ」 吐息のような声で非難されても、そんな言葉は俺を煽るだけにしかならないってこと解ってない。 でも、久しぶりの行為に俺の方もそんなに余裕があるわけじゃない。 握っていた悠自身から手を離し額に軽くキスして身体をずらした。 「…あっ、もうソコばっかり…ヤ、ヤダって…」 打ち上げられた魚のようにハネる身体を軽く押さえ込み、俺は淡く色付いてヒクついている窄まりに指を入れた。一番感じるポイントを探り当てるとソコを執拗に愛撫した。勿論、悠自身への愛撫も忘れちゃいない。 どうして人間の腕は二本しかないんだろう。千手観音のように沢山の腕が欲しいと思う。そうすれば悠自身だけでなく彼の全身を愛撫することができるのに…なんて妙ことを考えてしまう。綺麗に筋肉のついた滑らかな胸と、そこに付いている小さな乳首。今は放り出されてツンと尖って上を向いたまま震えている。 「お願い…イカせて。ヘンになりそう…」 泣き声で哀願され、仕方なく俺は唇を離した。 「しっかり解さないと辛い思いをするのは悠の方だぞ?」 「解ってるけど…でも、もうムリ。もうダメ。もう限界…ね、大丈夫だから…」 自分でも何を喋っているのかよく解ってないんだろう瞳の焦点だってあっちゃいない。俺としては満足なんてしていないけど、これ以上虐めるのも可哀想に思えた。 「でも辛かったらすぐに言うんだぞ。もっとも止めてやれる自信はないけどな」 耳もとに吹き込んだ言葉に素直に悠はうなずいた。 そっと膝裏に腕を差し込み軽く折り曲げるようにして、張り詰めた俺自身に手を添えてゆっくりと悠の扉を押し開く。充分とはいかないまでも、かなり解したはずなのに指とは違ってスンナリとはいかない。 「うっ…」 反射的に息をつめる悠のこめかみにキスをして「息を詰めないで、ゆっくりでいいから呼吸して…」と吐息で囁きかける。 二人の身体に挟まれて力を無くしかけていた悠自身に指をからめ、彼の気がそれた一瞬をついて一気に奥まで納めた。しがみついてくる身体を全身で抱き締めて、優しく背中をさすってやると悠は静かに震える息を吐いた。 「…孝一君?」 「ん? 解る。悠と一つになってるよ?」 子どものように手放しでうなずいて悠は涙を流した。 「泣くほど辛い? 抜こうか?」 「ううん、大丈夫。これは嬉し涙だから」 気丈に言って悠はキスをねだるように瞳を閉じる。又、涙が一筋頬を伝う。 心から欲した相手が今、腕の中にいる。真剣に愛した人とのセックスはこれ以上ないほど幸せで、包み込まれているだけで目眩がするような快感が背筋を駆け抜ける。 「動いても…いい?」 キスの雨を顔中に降らせながらお伺いをたてると、くすぐったそうに身をよじり、力のない腕が背中をポンポンと叩いた。 ちょっとした感動を味わいながら、俺は動きを再開させたのだった。 「あの店、従姉がやってるんだけど最近、入れ代わり激しいらしくて、ちょくちょくメールが入るんだ。あんまり評判が良くないのは知ってるんだけど、やっぱほっとけなくって。彼女も根っからの悪人じゃないからさ。ただやり方がヘタなだけなんだよな」 ベッドに寝転がってる俺の足下に腰掛けて悠はポツリポツリと話す。柔らかなハスキーボイスは聞いていて耳に心地いい。 「まあな、世の中、根っからの悪人なんて居ないから。でも俺としては助っ人はやめて欲しいけど…」 他人に向ける笑顔をさんざん見せられてきた俺だ。これ以上不特定多数の人間に見せてやる必要はない。やっと手に入れたんだ、これからはどんな表情も俺だけに見せて欲しいと思う。ただの我がままな独占欲だけど。 「うん。僕もそのつもり。だって孝一君を手に入れられたし?」 頭から冠ったタオルで髪の毛をガシガシと男らしく拭きながら小首を傾げて俺を見る。 「?」 どういうことだ? 悠に切ない片思いをしていたのは俺で、やっとの思いで手に入れたのも俺のハズ。告白はしてもらったけど。 「願いが叶ったのは孝一君だけじゃないって事だよ」 悠はペロリと舌を出した。 くぅ〜どんな表情をしても可愛い! 心も身体も満足してる状況だけど、そんな表情見せられたらまた襲いたくなってしまう。でもガッついたところは見せられないし、ここは紳士的にいかないと。始まったばかりで愛想尽かされたらそれこそ立ち直れない。下半身に集中しそうになる熱を腹に力を入れて押さえ込む。 (あ〜、タオルケット掛けてて良かった…) 「実はね入学した時から目をつけてたんだ。ホラ、どこかのサークルの勧誘みたいのやってたっしょ?」 そういえば友人のイベントサークルの客寄せをやったことがあるなと記憶が甦ってきた。 『お前ら外見いいから黙ってニコニコしててくれるだけで十分だから』なんて言われて、大塚と一緒に新入生の女子に向って意味なくニコニコしてたっけ。 「あん時に一目惚れしちゃったんだよな」 その時を思い出したのか悠はクスリと笑った。 一目惚れね。俺ってそんなにイイ男か? 「…で、サークルは?」 伺うように聞いてみる——と。 「入らなかったよ。覗いてはみたけどさ」 「どうして?」 「だって孝一君いないし」 俺は夢を見てるんじゃないだろうか? 喜ばせるだけ喜ばせて、夢オチなんてやめてくれよ。 「それとなく探りを入れたらさ、客寄せに呼んだだけだし、それにアイツはいつも女連れてるタラシだよみたいなコト言われてさ、ちょっと望み薄かなぁ〜なんて思いはしたんだけどさ。中々諦められなくて。チャンスを伺ってたわけ」 その気持ちは解る。一度、思い込むと中々そこから抜けだせなくてもがいてしまうのだ。で、あの日。偶然、まともに顔を合わせたって言うわけらしい。 「ホント言うとあそこまでねばるつもりはなかったんだ。名刺渡してサッサと行こうと思ったのに孝一君引かないし…」 「引かなかったのはそっちもだろ?」 「そうだけど…。でも、あんな偶然そうそうないからさ、何とかして会話を引っ張ろうって気持ちも少しはあったかな?」 さすがに助っ人を頼まれることはある。相手を喜ばせるポイントを心得ている。天性のホステスじゃなくてホストだよ。でもこれからは俺限定だけど。 「あの日で助っ人最後にするハズだったんだけど、さっさと予定変更。店に来なきゃ諦めようって思ってたのに来るし。しかもめちゃくちゃいい人だし。益々、惚れちゃった。メールで切ない片思いしてるって読んだ時は相手に嫉妬しちゃったよ。おっかしいよねぇ〜気がついてないとは言え自分に嫉妬するなんてさぁ…で、本当に偶然だけど孝一君が片思いしてるのが自分だって知った時の僕の驚き解ってもらえる? 意志の疎通はないけど両思いじゃん! おまけに本来のバイト先でも会っちゃうし。その後、グルグルしてるメール貰っちゃったしさ。孝一君がアクション起こさないからこっちから起こすことに決めたんだ」 話してくれる悠は実に楽しそうだった。 でも、そんなに熱烈に思ってもらえてたとは思わなかった。『自分=ユウキ』の図式が出来上がっていたから強行手段に出たんだと悠は種明かしをするように告げた。 と、すると? 「つかぬことを伺いますが?」 探るようにお伺いをたてると、悠は「ん?」という感じで首を傾げた。 「悠はゲイな訳?」 「んー基本的にはバイなのかな。でも女の子とも男の人ともしたことないよ…どっちもキス止まり」 ってことは…。 「僕のお初は孝一君。だから最後まで責任とってよ〜」 バスタオルを投げ捨てて悠が俺に飛びついた。 そんなこと頼まれなくても! 出会った瞬間に“運命の男性”だって感じたのは間違いじゃなかった。 悠のメールにもあった。“偶然”が二度重なれば“必然”になり、三度重なったら、それはもう“運命”だって! 俺達は同じことを考えていた。 多少感じ方は違うけれど、今こうして同じ場所で抱き合っているのがその証拠。これまでの遠回りは必要な時間だったのだ。 「ああ責任持って面倒見るさ。やっと願いが叶ったんだし。そっちが別れたいっていっても離してなんかやらない」 「それはこっちの台詞だよ。思い描いてた僕と現実の僕とのギャップに気付いて、しまった! って思っても離してなんかあげないもんね」 覚悟しろよと笑った悠を俺は力一杯抱き締めた。 “運命の男性”を見つけてからもうすぐ一年。 今年の学祭は二人で見て回ろう!
ラヴ♥パレード
act.3